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母の病気

今日も朝から庭いじり。

かなり満足いく出来になってきたが、強敵が待ち構えていた。柿の木だ。060630_140328_m

柿の木自体は枯れてしまったので根元で切ってあったが、平らな庭にするのにはジャマなので掘った。掘って掘って掘りまくった。いたるところに根が張っていて、かなり手ごわい。汗がこぼれおちる。剪定ばさみで張ってる根をジョキジョキ切り裂きながら、よいしょーっと取り出した。

それが左の写真。けっこうな大物でしょ?

ブロックが足りなくて、あと10コくらい買わなくては。お店は近くにあるのだが、ブロック10コをレジに運び車に運び、庭に置くだけで結構な体力を必要とする。そもそもこういう作業って普通男の人がやるんじゃないか?なんて愚痴がでてきてしまう。

昔から、家の大仕事をするのは母だった。草むしりから剪定、網戸の張替え、棚つくり、ペンキ塗り、畑のいっさいがっさいまで、ジィがやったことはない。病気するまで、サンダルで平気でブロック塀に上がっていた。今の私だって怖いのに。

私が高校3年のとき、母は乳がんの手術をした。48歳だった。それっきり仕事もできず、ロクに外にもでれなくなった。転移していたのだ。リンパや肝臓に。それを知らなかった私は、まったくやさしくなんてしなかった。乳がんなんて治るものだと思っていた。

亡くなるまでの間、何度か肝機能障害で入院した。肝臓にしこりが2個あるんだって、とよく言っていた。でも良性だと。その言葉のまま、「あー入院したんだ」くらいにしか考えてなかった。

大学4年の春、検査入院した。ジィと先生に呼ばれる。ジィも何も考えずに私を同席させたのだろう。「肝臓がガン細胞に覆われています。」と言われた。びっくりした。

ちょうど大学の前期試験の時期と重なっていた。就職活動も始めていた。単位はほとんど取っていたので、卒研さえ取れば卒業はできる。どちらかというと、入院している母よりも、一人になってしまうジィの世話の心配が大きかった。

それから夏が過ぎ、秋がきて、入退院を繰り返しながらも抗がん剤が効いているときは、母は友達を自宅に呼んで笑っていた。年が明けて、段々顔色がどす黒く、肌が鳥肌のようになって、むくんできた。おなかも妊婦のようになった。肝臓がんの症状が如実にでてきた。私は毎日、母のおなかや足をマッサージした。どんどんやせていくのに、おなかや足はどんどん浮腫んで大きくなっていく。それでも私は奇跡を信じていた。

家で病魔と闘っていた母が、入院したいと自分で病院に電話した。自分の葬式の準備もしていた。私に、あれこれ教えるようになった。「お客さんの湯飲みはココよ」、「死んだとき敷く布団はこれでいいからね・・・どうせ燃やしちゃうんだからもったいないよ。」私は何も言わず、母のいうとおりにしていた。もう何も言うことはない。母が死を悟っているように、私はしっかりとその意思を継いでいくしかなかった。「頑張って」という言葉は、頑張って頑張って、頑張りぬいている母にむけるべきではないと思った。

入院した母はどんどん悪化していった。ジィは先生からあと2,3日だと言われたと教えてくれた。それでも私は奇跡は起こるんじゃないかと思っていた。私が母の寿命を決めるのはやめようと思った。

母が亡くなったのは、卒業式前日の夜だった。その日病院から持ち帰った着替えを洗濯していたら電話が鳴り、病室に着いたときにはもう、母は永い眠りについていた。

あまり涙が出なかった。毎日苦しそうにしている母ばかりが思い出され、「やっと楽になったね、よかったね」という気持ちのほうが大きかった。

悔やんでることはたくさんあるが、母が今生きていたら、やっぱり喧嘩しながら過ごしているんだろう。元気で生きている間なんて、そうそうやさしくなんてできるもんじゃない。それは今のジィに対しても同じなんだと思う。面と向かってありがとうやごめんなさいなんて、言えないわ。

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庭改造中・・・

今日も朝から暑い。 でも、中途半端な庭ではかっこ悪いので、またやり始めた。

ブロックを立てて、それなりに形になってきた。細かいところはまだまだだが、ブロックが並ぶだけで、かなり気分がいい。これで雨が降ると、土がへこんでまたデコボコになっちゃうのかな。

パパが、ブロック立てる前にコンクリートで下地つくってやればまっすぐにできるという。でも俺はやらないと。

じゃぁ言うな。そんなことグータラな私に求めるでない。

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掘っているうちにでてきた根っこはみんなちょん切ってしまった。

そのうちどれか枯れてしまうかも・・・。

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結婚ラッシュ

やばい。だんだんと庭をいじる気力が無くなってきた。

このまま終わってしまっては、なんともかっこわるいデコボコの庭だ。・・・今日は朝から暑かった。まぁしょうがない。そういうことにしておこう。

今日は、2年ぶりくらいに高校時代の友達がきた。その中に、年内結婚するかもという友達がいた。

考えてみれば、私のまわりで結婚ラッシュというのはなかった。大抵24歳あたりと、27歳あたり、遅めだと30歳目前の駆け込み29歳結婚なんてのもあるらしいが、そんな経験しないまま、もう何年も過ぎてしまった。

私が結婚したときも、前後何年も誰も結婚していない。私自身早いほうではなかったのに。

何が原因なんだろうか。結婚していない友達を思い浮かべて考えてみる。とりあえずつきあおうとか、好意をよせてくれる相手とつきあおうとか、そういう始まり方ができないのかもしれない。ぶっちゃけ「ダメだったら離婚しちゃえばいいじゃない。」なーんてアドバイスしたこともあるが、その友達は結婚した相手とずーっと仲良く死ぬまで過ごしていきたいと思うと言っていた。「結婚」ということにかなりの理想があるのだ。

私も昔はそうだった。浮気なんて許さない。風俗なんか行っちゃダメ!

・・・当時つきあっていた彼に夢中だった。彼が中心の世界で生きていた。そうしてこっぱみじんに振られたとき、男女の仲なんてこんな簡単なものなのかと思った。誰よりも近くにいたと思っていた人が、他人より遠くへ行ってしまった。そんな感じ。

もう恋愛なんてできない。でも、一生一人で生きていく勇気もない。どうしよう、どうしよう、ずっと一人だったらどうしようと、真っ暗闇の世界で、もがきながら過ごした。先が見えてこない恐怖に毎日泣いていた。

それから、今のパパとつきあうようになっても、相手に固執することがなくなった。昔のような恋愛感情が沸かなくなってしまった。自分が「幸せ」だと思う中身が変わったともいうのかな。

今はとっても幸せ。素直にそう思う。パパがいて子供がいて、毎日のんびり過ぎていく。こんなに幸せなことはないとつくづく思える毎日。燃えるような恋愛なんていらない。刺激がほしいなんて思わない。

平凡な毎日。ずっと続きますように・・・。

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遺言書って・・・

今日は庭の改造はお休みした。

長男を幼稚園に送り出し、久々にジィと長話をした。その中で、遺言書を書いておかないの?と質問してみた。我が家の財産?をかき集めても相続税がかかる金額にはほど遠いが、なにせこの家に住んでいる私としては、土地と家は無条件に私が継ぐものだと思っている。姉とたまに話すときも、それでいいとは言ってくれる。でも、世の中何が起こるかわからない。相続をスムーズに進めるためにも、遺言書があるにこしたことはないのかなーと思い出した。

話はするものの、ジィは実際事を起こそうとはしないので、私なりに調べてサンプルを作って見せた。こんな感じで書いておいてほしいと見せたが、「いんじゃない」と返された。うーん、やはり書く気はないか。

うちは三姉妹。仲は悪くない。私自身も相続でけんかするようなことが起こるとは思っていない。ジィも金なんて残さないといっている。というか、ないけど・・・(^o^;) 

私の考えは、土地と家は私が継ぎ、残る預貯金は三人で平等に分ける。姉も今のところそれでいいと言っている。

でも、本当の平等を考えると、不動産をもらうんだから、残りは2人で分けるのがいいのだろうか。でも、残る預貯金なんてたかがしれていて、そうなると、私がいっぱいもらいすぎることになるのか?よくわからない。考えれば考えるほど、私が強欲なだけか?なんて思ってくる。

2人は長男に嫁ぎ、それぞれの実家に入っている。私は婿をとり、今後の冠婚葬祭などは私が引き継いでいくのだろう。家を継いだものとして、ほかの兄弟よりもらっちゃっても・・・なんてーのは欲張りだろうか。

こんな田舎のちっぽけな家でもこんなに考えるのだから、資産家の人ん家なんて本当に大変なんだろうなぁ。うちには財産もないが、幸いなことに借金もない。ジィが年金生活の中で使う分には、どうぞご自由に。という感じだ。私たち家族はジィのほそーい細いスネにかじりついて居候させていただいている身分。それだけでもありがたいと思うべきか。

あぁ、ジィが酒さえ上手に飲める人なら、もっとやさしく接しられるのに。「ありがとう」や「大丈夫?」という言葉も、酔った顔に全てかき消される。

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じゃがいも掘り

今日も朝から庭の改造。8時過ぎに長男が幼稚園に行き、早々に次男が寝てしまった。

チャンス!今日はタップリできるぞと長靴を履き庭へ。今日で3日目ともなると、腰の入りも違ってくる。でも腕の筋肉痛もかなりひびき、結局1時間程度でギブアップ。

午後になり、借りている畑で作ったじゃがいもを収穫しに、姉が来た。もともと母や祖母が野菜を作っていたが、二人がいなくなった後、残っている私やジィはやるわけもなく、借りるのをやめようかとも思った。

が同じ町内に嫁いでいる姉がいそいそとやってきては、いろんなものを作るようになった。長男が幼稚園から帰ってきて、一緒に手伝った。土いじりが大好きだから、それは一生懸命手伝っていた。そんな姿を見ると、田舎に住んでてよかったなと思う。次男もその間ずーっと寝ていた。今日はどうした!?と思うくらい寝ている。気温がちょうどいいのかな?

とったジャガイモをゆで、みんなで食べた。やはり採れたてはおいしい。

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庭の大改造

060620_111452_m 最近めっきり料理も手抜きだ。ジィももとどおりの生活。昼も夜も飲んでいる。言っても無駄だから、ほおっておくしかない。もう慣れている。死ぬときはポックリ逝ってくれと祈るだけだ。

ジメジメした天気の中、庭の改造を始めた。

昔、うちではアヒルを飼っていた。とても凶暴な。とにかくクチバシでつつく。あひるの口はとがっていないが、だからこそ、すこーしの皮をつままれて、グイグイっとつねられる感じだ。これが相当痛い。足の甲、腕、普段つまめないような場所もつまんでくる。そんなアヒルを飼っていたせいか、私は自宅の庭に足を踏み入れることはなかった。

10年ほど前にアヒルはいなくなり、私は社会人になっていて、家のことはそっちのけ。庭が草ぼうぼうだろうが、きれいな花が咲いていようが、まったく興味ない。

そんな私も母になり、子供が大きくなってくると、庭で遊ばせたいと思うようになった。バーベキューなんかもやってみたい。それには庭の改造が必要だ。私の母、祖母が大事に育ててきた花木だが、そのせいで家の周りを歩ける範囲しか空きがないのだ。私もジィも、まったく興味もやる気もないので、草むしりも人頼み。残念ながら、今家に住んでいる大人の中に、「緑の手」を持つ人はいない。

さっそくブロックを買い、シャベルでザクザク土をどかす。ふいに球根が出てくる。なんの花が咲くのかわからないので、とりあえずとっておく。30分が限界だ。次男が朝のネンネをしている間の勝負。

今日で2日目。からだがカクカクするっ。汗もすごい。まだ五分の一もやれない。先は長いなぁ。

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